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お知らせ

実は、明日から日本に一時帰国致します。
戻りは9月29日。
UPしたい写真も沢山たまっているのに、荷物詰めたりお部屋の片づけが忙しくて、時間がありません!(涙)
ブログはしばらくお休みします。
戻ってきたらまた張り切ってやっていきますので、覗きに来てくださいネ。
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シュバルツェンベルク公園

シュバルツェンベルク公園1シュバルツェンベルク公園にお散歩に行ってきました!
シュバルツェンベルクといえばウィーンの有名な貴族の名前の一つ。他にウィーンの有名な貴族の名前を挙げるとすればロブコヴィッツ、パラヴィッツチーニ、キンスキー、ハルラッハ、チェルニン、エスターハージーなど。ウィーンではあちこちでこれらの名前に出会うことになります。(エスターバージートルテなんてケーキもあるし!)
この公園はウィーンの森の周辺に位置していて、どこからどこまでがシュバルツェンベルク公園と言うのか普通に歩いている分にはよく分からないのだけれど。家からそう遠くないということもあって、私たちよくお散歩に出かけます。
夏の午後などにこの並木道を歩くのはとっても気持ち良い!

シュバルツェンベルク公園2

シュバルツェンベルク公園3ところで、何気なく歩いていると、この場に何だか不似合いなものがあるのに気づきます。上の写真の彫像、例えばシェーンブルンやヴェルヴェデーレの庭園から盗まれて、森のはずれの雑木林の中に捨てられ、長いこと忘れ去られてしまったような…。この並木道の始めのあたりにはオベリスクが道の両側に立っていて(写真右)、まるで門のような佇まい。別に先に宮殿があるわけでもなく、変なのーって思っていたのです。
実はここ、シュバルツェンベルク家の前の持ち主の時、ヨーロッパ最大の風景庭園(Landschaftsgarten)があったんだって。
ペーター・ラーシー(Peter Lacy)というロシアの軍人がいて、彼は政治的な理由からアイルランドへ亡命、しかしイギリスのアイルランドへの弾圧と宗教的非寛容から、カトリックの君主国との繋がりを持つようになり、彼を父として1725年に誕生したフランツ・モーリッツ・ラーシー(Franz Moritz Lacy)はマリア・テレジアの治世のハプスブルク・ウィーンにおいてその勇敢さと軍事的能力をもって地歩を固めます。この息子ラーシーが1765年にこの地を獲得、ルソーの「自然へ帰れ」のスローガンのもとに、当時イギリスで有名であった風景庭園建築家ランスロット・ブラウン(Lancelot Brown)を招き、ここに風景庭園を作らせました。風景庭園というのは、フランス式庭園の反対。つまり規則的な形式を持たず自然を自然らしく粗っぽいままに残した庭園。ですが彼はそれだけではなく、遊び心を持って、例えばさっきみた彫像とか、人工的なものをいくつか設置して、人々を招き「自然ごっこ」を楽しんだわけです。この庭園はもともとはつまりラーシー公園と呼ばれていました。
1801年、彼が無くなった後、この土地はシュバルツェンベルク家のものになりました。シュバルツェンベルク家の人たちは庭園にはどうやら興味がなかったのでしょう。この庭園が本当に自然に帰るのは時間の問題だったと言うわけです。

シュバルツェンベルク公園4

シュトラーセンバーン43の終点ノイヴァルドエック(Neuwaldegg)から歩いて10分くらい。坂を登ります。分かりにくいのですが、看板も出てます。興味ある方は遊びに行ってみて下さい。そのまま森に踏みこむのも良し。いろんな発見がありますよ!

テーマ : ヨーロッパ
ジャンル : 海外情報

フェルディナント・ライムント

ライムント1

フォルクステアター(Volkstheater)隣(ノイシュティフトガッセとムゼウムシュトラーセの角)にあるウィーン民衆劇の作家、フェルディナント・ライムント(Ferdinand Reimund, 1790-1836)の像です。
ライムント2

ライムント3

夏のアルバム

ウィーンでお散歩ブログ(本家)の方で夏のアルバムをUPしました。
夏1

こーんな写真や
夏2

こーんな写真をUPしました。
(ここでは夏らしい空の写真を2枚ピックアップ。うーん、画像はこっちの方がいいなぁ…。)
リンクしてます。
よかったら覗いて見て下さいね!

ヴィーナーノイシュタットへ行ってきました

マリーレンゾイレ1

バーデンよりさらに南に位置するヴィーナーノイシュタット(Wiener Neustadt)に行ってきました!Sバーンでウィーンから約1時間。
名前からして(Neustatd,新しい町)どんなに近代的な町なんだろうと思っていたら、全くその逆。古い歴史ある町でした。
なんでも1192年、バーベンベルガーのレオポルド5世がウィーンの南に“新しく”頑丈な武装都市を造ろうと考えたのが発端。その費用にはあの有名なイギリスのリチャード獅子心王の保釈金の一部が当てられたということです。(これに関してはまた日を改めて書きますね。)
マリーレンゾイレ2写真(上・右)はハウプトプラッツに立つMariensaeule(聖母マリアの柱)。オープン映画会場になっていました。面白いのは柱の周りにかかげられたバーガーキングの宣伝幕。まるでここに立っている彫像たちがハンバーガーの王様みたいじゃない…?ぷぷぷ。
敬虔なカトリック国であるオーストリアも今はこんなものです。

ラートハウス

ヴィーナーノイシュタット1ハウプトプラッツ(中央広場)周辺にはずらりと古い建物が並んでいます。一際目を引くのはピンクの市庁舎(写真上)。さらに広場の真中に立つMariensaeuleを挟んで向かい側にある、アーケードを持ったゴシックスタイルの古い建物は必見(写真右)。その道を挟んでお隣の建物は薬局ですが、1524年からここでは既に薬局が営まれていたということです。

ヴィーナーノイシュタット2左の写真はその薬局の建物のアーケード。
石の家ってすごいですよね。もちろん補修はされているものの、500年も600年も人が住めるんですから。
今回は実は見たいと思っていたものが見れなかったのですが…。でも、思いの他ヴィーナーノイシュタットは面白そうなところでした。第2次大戦で破壊された建物も多いらしいのですが、歴史的な建造物が良く保存され、町の至るところに記念の碑文を見つけることができます。

ヴィーナーノイシュタット3

ヴィーナーノイシュタット4

ヴィーナーノイシュタット5右の写真は1496年に閉鎖されたユダヤ人墓地の墓石だって。1846年の市壁の造営に使用されていたのが、現在では文化財として展示されています。現代ドイツ語訳がついてました。
ここは駅から割と近い公園の中ですが、ここには無料の動物園があって、大きいものでは2頭の熊がいました。私が行った時には寝てました。それからHalloと声をかけてくるオウムと。なかなか楽しい遠足でした。

ティーファーグラーベンから岸辺のマリア教会へ

Tifergraben1

先日ルプレヒト教会お話をした時、この近くにオッタークリンク小川(Ottakringer Bach)が流れていたということを書きましたが、そのオッタークリンク小川の跡がこのティーファーグラーベン(Tiefer Graben,低い溝)なんだって。現在はもちろん埋めたてられて(1837年、完全地下化された)、一般道となっています。でも”Tiefer”というだけあって、やっぱりちょっと他より低いし、周囲の建物が高いせいか、一日中日があたることがなくちょっと暗い感じ。カフェやショップがあるわけではないので、人通りも少ない。でもやっぱりここがもと川だったんだな~って思えるのは、道路にかかった橋!
Tifergraben2この橋、ホーエブリュッケ(Hohe Bruecke,高い橋の意)と言って、中世には既にこの名前で呼ばれていました。現在見ることができるホーエブリュッケはユーゲントシュティールのもの。1903-04年にヨーゼフ・ハックホーファー(Josef Hackofer)がオットー・ワーグナー(Otto Wagner)やフリードリヒ・オーマン(Friedrich Ohmann)の協力のもとに設計しました。この橋にはかつての橋の姿(1782-1857年のものと1857-1903年のもの)が装飾として描かれています。(写真では分かりにくいのですが…。)

Maria1フライウング方面からティーファーグラーベンを下り、橋を抜けて道沿いに進むと(右側に折れる感じ)、右手に見えてくるのが岸辺のマリア教会(Maria am Gestade)。
ウィーンの教会の中では、シュテファンスドームと並んで、殆どバロック化されていないゴシックの教会ということで見る価値ありです。透かし彫りになっている塔の先端部が特徴的。教会内の天井部、骨組み、天井を支える柱などは14世紀の後半に由来するものだって。
俗にマリア階段教会(Mariastiegenkirche)とも呼ばれるこの教会、階段を登った先にあります。やっぱりこのあたりが水辺だったことを示してます。教会の目と鼻の先にある比較的新しい建物の入り口上部には船の装飾。さらに近くのフィッシャーシュティーゲ(Fischerstiege,漁師の浜の意)という名前を持つ緩やかな坂道(最後はやっぱり階段)にもやはリ漁を思い起こさせるレリーフが。

Maria2このあたり、ウィーン1区の北側は観光客と出会うことも少ないのですが、歩き回ってみるとまだまだいろいろ発見がありそう。

Maria3Maria4

ルプレヒト教会と塩!

ルプレヒター教会1

ウィーンで最古の教会、ルプレヒト教会(Ruprechtskirche)。ウィーンといえば王宮やシェーンブルン、シュテファンスドームなどの大きくて華やかな建造物に目が行きがちだけど、この古くて、飾り気がなくて、小さくて、ゴッツイ石の教会は案外私のお気に入り。
ルプレヒター教会2

ルプレヒター教会3伝承によると、ザルツブルクのルーペルト(Rupert、ラテン語読み。ドイツ語読みでルプレヒト(Ruprecht))が仲間と一緒に740年に設立したらしいのですが…、このルプレヒトさんはおよそ695年ぐらいから716年ごろまでザルツブルクで活動した人物。716年3月27日にはヴォルムスで亡くなっているらしいのです。そう言うわけで、740年に彼によってこの教会が建てられたというのはちょっと無い話。ではでは、よりありそうな、設立年は…?ザルツブルクが大司教区となって力を持ち始める798年頃からウィーンがパッサウの管轄下におかれる828/829年の間だろうといわれていますが、他にも説があり、本当のところは分かっていないようです。なんといっても古い話。
いずれにしても、彼は死後、ザルツブルクの守護聖人となり、さらに塩運搬船の守護聖人とみなされ、常に塩樽を持った姿で描かれることになります。

ルプレヒター教会4ですがウィーンの中でもこのルプレヒト教会周辺が特に塩と関係が深かったことは確か。例えば、この教会の目と鼻の先にあるSalzgasseをはじめSalzgriesやSalztorgasseなどの通りの名にその名残が(Salz=塩)。ザルツブルクからドナウを通じて塩がウィーンまで運ばれ、その積み下ろしと商取引がこのあたりで行われていました。このあたり、歩いてみると分かりますが何だか階段が多い。ルプレヒト教会もドナウからみてちょっと高台に位置しているのだけれど、この地形、3世紀後半、ローマ支配時代に起こった洪水と地すべりに由来しているんだって。昔はこのすぐそばにドナウとドナウに流れ込むオッタクリンガー小川の三角州があって、塩の運搬船はこの付近まで船を乗り入ていたのよね。そんなことを想像しながら歩き回るの、結構楽しい!

ルプレヒター教会5ルプレヒター教会6

アンドロメダ噴水

Andromeda1旧市庁舎(Wipplingerstrasse8)のホーフにあるアンドロメダ噴水です。有名な彫刻家ゲオルク・ラファエル・ドナー(Georg Raphael Donner)の1741年の作。ゲオルク・ラファエル・ドナーといえば!彼のノイアーマルクトの噴水についてはこちらをどうぞ。モチーフはギリシア神話のペルセウスとアンドロメダの物語です。

Andromeda2エチオピア王妃であるアンドロメダの母親が自分はネーレイス(海の老人ネーレウスの娘達)よりも「美人」って鼻にかけたために、怒ったネーレイスたちが海神ポセイドンに訴え、ポセイドンは訴えに応じてエチオピア王国に怪物を送りこんだのでありました。神託によって娘アンドロメダを人身御供にすることを強いられたエチオピア王は彼女を海辺の岩に鎖で縛ります。ゴルゴン退治の帰途、彼女を見つけたペルセウスが、彼女を自分の妻にくれるなら、怪物を退治しようと約束します。エチオピア王はもちろんOK。ペルセウスが守備良く怪物を退治した後、アンドロメダの婚約者であったピーネウスがペルセウスを殺そうとするけれど、彼はピーネウスを彼の従者共々メドゥーサの首を見せて石に化す、という有名な物語。ドナーの噴水では、縛られたアンドロメダに襲いかかろうとする怪物と、助けにやってきたペルセウスを見ることが出来ます。

ウィーンにはまだまだたくさんの噴水があります。
ドナーの噴水の他にもいくつか紹介してます。興味がありましたらこちらもどうぞ!→ウィーンでお散歩(散歩ウィーン地味な見所)

カフェコンディトライ・オーバラーのアイスカフェ

オーバラ2

オーバラ1これを夏バテというのかまたはホームシックというのか。最近和食にやたら執着している私。ナッシュマルクトまで和食材を調達しに出かけました。お買い上げはコンニャクとサトイモとお豆腐…。
土曜日などは空いている席を探すのが大変なほど込み合っているナッシュマルクトの屋台ですが、平日の午後とあってか、人出もまばら。
せっかくなので、カフェコンディトライ・オーバラーで休憩しました。アイスカフェです。4.5ユーロ。このボリュームなので許されるお値段。
アイスカフェは夏の間だけのお楽しみ。今のうちに堪能しておかなければ!
プロフィール

mararin

Author:mararin
何気ない日常のウィーンの風景をお届けします。

更新はかなり気まぐれですが、コメント残していただけたら嬉しいです。


©mararin

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