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シュバルツェンベルク公園

シュバルツェンベルク公園1シュバルツェンベルク公園にお散歩に行ってきました!
シュバルツェンベルクといえばウィーンの有名な貴族の名前の一つ。他にウィーンの有名な貴族の名前を挙げるとすればロブコヴィッツ、パラヴィッツチーニ、キンスキー、ハルラッハ、チェルニン、エスターハージーなど。ウィーンではあちこちでこれらの名前に出会うことになります。(エスターバージートルテなんてケーキもあるし!)
この公園はウィーンの森の周辺に位置していて、どこからどこまでがシュバルツェンベルク公園と言うのか普通に歩いている分にはよく分からないのだけれど。家からそう遠くないということもあって、私たちよくお散歩に出かけます。
夏の午後などにこの並木道を歩くのはとっても気持ち良い!

シュバルツェンベルク公園2

シュバルツェンベルク公園3ところで、何気なく歩いていると、この場に何だか不似合いなものがあるのに気づきます。上の写真の彫像、例えばシェーンブルンやヴェルヴェデーレの庭園から盗まれて、森のはずれの雑木林の中に捨てられ、長いこと忘れ去られてしまったような…。この並木道の始めのあたりにはオベリスクが道の両側に立っていて(写真右)、まるで門のような佇まい。別に先に宮殿があるわけでもなく、変なのーって思っていたのです。
実はここ、シュバルツェンベルク家の前の持ち主の時、ヨーロッパ最大の風景庭園(Landschaftsgarten)があったんだって。
ペーター・ラーシー(Peter Lacy)というロシアの軍人がいて、彼は政治的な理由からアイルランドへ亡命、しかしイギリスのアイルランドへの弾圧と宗教的非寛容から、カトリックの君主国との繋がりを持つようになり、彼を父として1725年に誕生したフランツ・モーリッツ・ラーシー(Franz Moritz Lacy)はマリア・テレジアの治世のハプスブルク・ウィーンにおいてその勇敢さと軍事的能力をもって地歩を固めます。この息子ラーシーが1765年にこの地を獲得、ルソーの「自然へ帰れ」のスローガンのもとに、当時イギリスで有名であった風景庭園建築家ランスロット・ブラウン(Lancelot Brown)を招き、ここに風景庭園を作らせました。風景庭園というのは、フランス式庭園の反対。つまり規則的な形式を持たず自然を自然らしく粗っぽいままに残した庭園。ですが彼はそれだけではなく、遊び心を持って、例えばさっきみた彫像とか、人工的なものをいくつか設置して、人々を招き「自然ごっこ」を楽しんだわけです。この庭園はもともとはつまりラーシー公園と呼ばれていました。
1801年、彼が無くなった後、この土地はシュバルツェンベルク家のものになりました。シュバルツェンベルク家の人たちは庭園にはどうやら興味がなかったのでしょう。この庭園が本当に自然に帰るのは時間の問題だったと言うわけです。

シュバルツェンベルク公園4

シュトラーセンバーン43の終点ノイヴァルドエック(Neuwaldegg)から歩いて10分くらい。坂を登ります。分かりにくいのですが、看板も出てます。興味ある方は遊びに行ってみて下さい。そのまま森に踏みこむのも良し。いろんな発見がありますよ!
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テーマ : ヨーロッパ
ジャンル : 海外情報

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